プレゼントイメージ

最初で最後のプレゼント

あれは私がまだ小学生だった時のことです。
実家の道を隔ててすぐの場所に親戚のおばさんが住んでいて、共働きだった両親が帰宅時間になるまでいつもそのおばさんの家で時間を潰すことが幼いころの私の日課でした。
保育園のころからお世話になっていたおばさんでしたが、そこの家には子供がおらず、それはもう私のことを我が子のように見守り、育ててくれていました。
保育園から帰ると、まずおばさんに「ただいま」と言って挨拶し、その後は一緒に歌を歌ったり、絵を描いたりして遊んでくれました。
けれど決して甘やかすだけではなく、私が悪さをしたら本気で怒り、さらには「女の子なのだから」とちょっとした茶道の手ほどきをしてくれたりと両親に代わっていろいろなことを教えてくれた人でもありました。
そのおかげで私は両親が共働きであったにもかかわらず『淋しい』という感情を持つことなく、成長することができたのだと思います。
けれど、保育園を卒園し、小学生になる頃には友達と過ごすことが多くなり、おばさんと過ごす時間はだんだんと少なくなっていきました。
そんな日々の繰り返しの中、ふとある年の母の日に、私は母と、そしてそのおばさん用にと色違いのハンカチを2枚購入しました。
それは特段、何かを意識したものではありませんでした。
たまたまハンカチが2枚買えるほどのお小遣いを持ち合わせていた、そしてふとお世話になったおばさんにも贈ってみようかということを思い付いた、ただそれだけでした。
けれどそんな私のちょっとした気まぐれに、おばさんはそれはそれは喜んでくれたのです。
「ありがとう。本当にありがとう」そう言って可愛くラッピングされたハンカチを両手で握りしめると、私の頭を優しく撫でてくれました。
その上、そっと私の手に幾ばくかのお小遣いを握らせてくれたのです。
私はその時とても焦りました。
何故なら、その金額はハンカチの代金よりも多かったからです。
私はお小遣いが欲しくてプレゼントを渡したわけではない旨をおばさんに言いましたが、おばさんは「とにかく受け取って」と、その一点張りです。
まだ幼かった私は仕方なくお小遣いを受け取って帰宅し、母に事の顛末を説明してこのお小遣いをどうすべきか訊ねました。
親に黙ってお小遣いをもらうこと、そしてまるで自分がお小遣い欲しさにおばさんにハンカチを贈ったのだと思われたくなかったのでしょう。
恐る恐る話をしたことを覚えています。
けれど、母の反応は静かなものでした。
そうしてこう、私に告げたのです。
「それは貰っておきなさい。おばさんの気持ちだから。おばさんはね、きっと母の日にプレゼントをもらえたことが嬉しかったのよ」正直、幼い頃の私には母の言葉の本当の意味がわかりませんでした。
プレゼントをもらえたことが嬉しかったのか、とただ単純にそう感じただけでした。
そして「来年も同じようなことをしたらきっとおばさんはお小遣いをくれるだろう。でもそれだとまるでまた私がお小遣いを欲しがっているようにみえるから、もう二度とおばさんには母の日をしないでおこう」と考えてしまったのです。
結局、私がおばさんにプレゼントを贈ったのはそれが最初で最後でした。
私があの時の母の言葉の意味を理解する前に、おばさんは病気で帰らぬ人になってしまったからです。
今、自分自身が幼い子どもを育てていて思い出すのは両親との記憶よりもおばさんと過ごした日々のことです。
子守歌にしても、手遊びにしても、幼い頃の私が体験したことのほとんど全てにおばさんがいました。
そうしていつも思うのです、おばさんにもっともっと恩返しをしておけばよかったと。
だからせめてもの思いを込めて、我が子にはたくさんの歌を歌ってあげたいと思います。
おばさんが私にくれたものを、少しでも返していけるように。

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